自分が持っているのは、昭和29年に筑摩書房より発刊された、現代日本文学全集です。
小説家が作品として、発表するのは、その人の本音ズバリと言っている場合が少ないと思います。
だから、好きな作家ができた場合は、作家の小説よりも、メモとか友人に出した手紙とかが、
掲載されているものを読んでみることは大変参考になります。
志賀直哉氏は、こんなことを書いています。
「人間は何でも知っている。専門専門でどれほど人間が進んでいるか、その程度はその専門以外
の人間には、とうていわからないくらいに進んでいる。
恐ろしいくらいである。
ところが、人間全体の幸福という事に対しては、これまた、驚くべき人間はまったく無知である。
だから、人間は全体的に少しも幸福にならず、ますます不幸になる予感がする。
このままでは、滅亡にまで ことさら進みつつあるような感じがする。
人類は、人類のために知識の過多を清算すべきだ。
人類の幸福以上の知識は人類を不幸にするばかりである。」(青臭帳より)
#####これは、旧仮名づかいなので、自分なりに現代語に直しています。#####
若い頃に読んだ文章ですが、最近の人類の進歩をみてみると、まったくうなづけますし、
医学なんかにしろ、ゲームや工業製品などにしても、「知っていて、使える、あるいは、製造で
きもの」にしろ、取捨選択が大変重要なことだと思います。
########
例えば、医学にしても、最近はかなりの高齢の方にしても、人体にチューブを入れるということ
が、盛んに行われていますが、誰が誰しもチューブを入れられてまで長生きしようとは思いませ
ん。
私が出身大学で習ったある助教授(後、付属病院長)などは、体にチューブなんか入れるもんじ
ゃないって言われていたのが鮮明な記憶として残っています。但し、若い方の救急事故とかは
まったく別問題であることはおわかりになるでしょう。
########
自分が、志賀直哉氏に関心をもったのは、広島城北高校で、国語の担当の先生(早稲田文学部
卒業で、中学の校長を定年退官された)先生が、さかんに志賀直哉氏のことを話されたからでし
た。だから、大学に入って、かなり読んでみたのです。
自分は、大学教養時代、クラスの担任の先生が、ドイツ語の助教授で、「ドイツ文学講座」
に入れてもらいました。(その先生は、日本語の著作もけっこうあり、「山本七平賞」なんかも
とられていますから、日本文学に対しても、かなりの専門家だと思います)
その先生の影響で、読書するようになったのです。
医学部の専門課程に進んでから、社会人になってからも、何回か手紙のやりとりをしましたが、
先生に言われるには、菊池寛とか、志賀直哉なんてどこが面白いの?って、返信がくるわけです。
自分などは、ドイツ文学は、「しつこい」感じがしますし、例えば、ドストエフスキー(ロシア
)の「罪と罰」なんて、何回か読んでみたのですが、主人公の青年が老婆を殺人した時点で、読
むのが嫌になって、止めてしまっていたわけです。
自分が感じるのは、欧州なんかにしろ、やや北にある国の作家の作品は「しつこい」というこ
とです。
ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」なんかは、小学校の時に読んだ作品ですけど、読みやすい
です。〜〜これは、「ドイツ語文学講座」でも、課題として、読みましたが、小学生にも読める
良い作品だと思います。
そのドイツ語の先生が、最近、医学部進学課程の学生の担任になられて、森鴎外博士の「羽
鳥千尋」を課題としてだされたら、感想を提出するものがあまりいなくて、落胆したと手紙に書
かれていたのが、最近の記憶に残っていることです。
明治時代に「医師開業医試験」をめざした「羽鳥千尋」はマイナーな作品ですけど、良い作品
なのです。
戻る